2017年1月21日土曜日

時間と距離


通勤バイクにて。朝20km走り、夜95km走って計115km100kmの目安は、レースなら二時間半~三時間、山間部など信号の少ない場所での練習なら三時間~三時間半程度。1時間で30km進めれば結構効率はいいかなと。信号と交通量次第で、実際には25km程度になってしまい...



前半4km5kmの登りをこなして緩い下りが少しあった後は平坦基調。前半にコーラ500mlを二本。後半に垂れてきて羊羹を二個。お茶を1 リットル。夕飯時なのでエネルギーが足りていないようです。


出発前に固形物を摂り後半に備え、後半はコーラなど即効性の高い補給でつないでいくのが理想ですがすぐにサボってしまいますな。


60kmあたりから失速しはじめ70kmぐらいからは本格的に失速してきました。80kmからは流していたので補給失敗でした。脚もきつくていっぱいでした。前半飛ばしすぎたのかな。帰宅した後の心拍は99拍。翌日朝が66拍で高かったので疲れて通常より5~10拍程度高かった。


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平田クリテ 2016.10


朝起床後20分ローラー。汗を流すが控え目にしたのは失敗か。その後軽く食事を摂る。朝方の雨も上がり気分も上々。会場へ向かう。9時半頃到着。


C2C1の順で参戦する。だんだん係りの方の顔を覚えて来た。元気良く挨拶してサインをしていると担架で選手が運ばれて来る。既に停車してある救急車に担ぎ込まれて行った。その後お巡りさんが現場検証へやってきたが、5人くらい来ていて驚いた。

どうも雨で、路肩の砂が泥になって滑るようだ。第二コーナーが特に危ないとのこと。第一コーナー前には三角コーンが立てられて集団が伸びるように構成してあった。それで、滑って転んだと思っていたらどうも整備不良での事故だったらしい。整備大事。


<C2>

チームからは4名参加。ゼッケンを取りに行き、サインシートに目をやると空欄が目立つ。毎回必ずキャンセルが出るけれど、やはり雨のせいでいつも以上に欠席が増えたようだ。


リアルスタート後、京産大の二人組が交互に波状攻撃を仕掛けてくる。キツイ。アタックの連打で単独の逃げが出来ては潰すの繰り返し。彼らからすれば朝飯前か?!この波状攻撃のためC1よりアベレージは高かった(と言っても41km)。死にそう。自分が先頭で仕掛けることは無く、先頭集団内でドンパチについていく。アップが十分できてない気がする。


結局京産が勝ったんだっけ、自分もスプリントに参加とはいかず話にならんかった。最後4コーナーからの追い込みが足らんの。C1でも同じ症状が発生するんだけれど。そもそもC1でオーダーに沿った走りが出来ているの、と?

あとは、コーナー抜けたあとの処理。減速しすぎもダメ。抜けを意識すれば滑らかに抜けられるはず。


ここまで来て普段の練習で取り組むべき課題が明快なんじゃなかろうか。



<C1>

息も絶え絶えだけど、補給して次に備える。

チームからは9名参加。先輩ライダーも多く頼もしい。

結果はかなり厳しくチームは完走が四名。そういえば、さっきアタックしまくっていた京産大もいたけど、入賞はしてたっけ?我々は、またしてもブチョウさん達にやられてしまった。

スタート後、既にC2"上げて"あるのでペースはさっきよりも楽に感じる。会話も頭に入ってきた。集団の雰囲気も見えている。逃げも発生するけど容認さぜず吸収されていく。

やはり、集団を引いたり回して行ったりコントロールしたりという力は無い(経験値と脚)ので、そこも強化ポイントか。出来ないとまた他チームに主導権を取られる。

前半は原なし君が積極的に仕掛けていた。

自分の進歩は、13周目に先頭に出て仕掛けたことか。ここでフィニッシュラインに陣取るチームメイトからも「仕掛けんといかんぞ!」と檄が入っていた。踏めるとこまで踏んでみたけど、第3コーナーの遥か手前で捕まる。「ご苦労さん」と肩を叩かれ集団に戻る。最後4コーナー通過後からいつも通り遅れてフィニッシュラインへ。毎回、何故にここで脹脛がつりそうになるねん。最後に耐えられなくてバランスが崩れているようで、漕ぎ方が戻ると釣らなくなる。踏むのでは無くて回すこと!バイクは押す事!

後、フィニッシュラインにいたチームメイトが拍手で迎えてくれて感激した。最後仕掛けたのは勉強になったけれど、後ろの確認をして無かったし・・ペースコントロールも出来てなかった。


勝てもしないのだから、漠然とこなすのでは無くレース中にいろいろ試す積極性が欲しいが徐々に増やしていければ。


レース後、他チームの方達とも共に死力を尽くして闘った連体感から健闘を讃え合う。




その後、急いで仕事へ向かった。





サドル変えた 2016


Ludus Felix  スポーツサドル」というどこの国のメーカーかも分かんないサドルをアマゾンで購入した。高価なレーシングサドルに比べると重く感じる。ローラーしてみたけど、落車後に変えたサドルの時に出た膝の痛みは感じなかった。ひょっとしていいかもというのが今の感想。最終的な具合は、実走して乗り込んで見ないとね。


デザインは悪く無いけど、ウルトラマリンな青が黒いボディーに浮く。黒にしときゃよかったかな。


また、いろんな安いサドルを集めて見て絵の資料にしたりして。


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Mac Book Pro 補完計画


23年で買い替えでは財政が破綻すりるという悲しい台所事情。Mac以外の機体でWindowsを使ってみたいし、もっと軽いノートが欲しい。しかし、現在の配備されている戦力が持つなら持たせたい。出来ることはやっておこうと思い、Macを復活させるべく格闘することにした。機体には、2010年のモデルと書いてある。ずいぶん使ったもんだ。メモリは8G。東芝製のHDD500Gが入っている。


ほかっといても、落ちて再起動するようになってしまったし、サファリ他読み込みも遅い。iMovieもすぐ落ちて使えないし、せっかく入れたゲーム(バットマンアーカムシティ)もすぐ落ちる。それ以前に先述した通り起動させても直ぐに再起動、その繰り返し。画面にパンチして掘削機で粉々にしてやりたいわ。

専門家の診断を仰ぐべくジーニアスバーに行っても、よくて病院送り、せいぜい初期化してOSの再インストール。って言うか新しいの買ってになるだろう。すでに一回行っているし、初期化も一度している。落ちる理由は知らんけど、自力で交換できる部品全部交換してもダメなら、修理屋さんに出すか、ありがとうしてインテリアになってもらうおうと思う。


やはり、PC無いとウェブを見たり、気持ちよく文章作成や画像の確認ができない。iPadとスマホでなんとか乗り切っている状態は不便だ。あれこれ画面に開きながら一台で済ましたいものだ。


ひとまずネット見られる環境がPC以外にあって良かった。ウェブで修復方法について確認しながらバラして見る。埃がむちゃんこ溜まっていて汚い。5年ものだ。各部品は実に簡単な作りになっていた。交換だけなら十分出来る。SSDに変えて、メモリを16Gにしようと思う。起動ディスクについてよく分からんけど、USBがあれば良いのかな。バッテリーは唯一取り出しにくそうな感じになっている。結局は、ロジックボード変えなきゃいかんのだろうか。



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平田クリテ 2016.11.13


気づけば今年もあと一ヶ月少々、ということを忘れるくらい日向ぼっこ日和であった本日。しかし、試合間隔が一ヶ月は空き過ぎだ。

今週は水曜日から金曜まで強度を上げて行った。立ち漕ぎで追い込んだり。坂を使ったアタックやら。通勤バイクでだし、タイムとか計ってないし、速度管理くらいだけどある程度レースでの具合も分かる。



C2から参加。

本日の調子は、いつも通り。動けていた。一集目からアタックして見た。半周逃げてその後も脚を残すことを考えないで頻繁に先頭に出てみた。第二コーナーを二番手で抜けたら前の選手が滑って落車。大事に至らず復帰できたけど僕も草むらに突っ込みかけたので少し焦った。全体的に脚を使ったけれどチームメイトがいたからどちらか残れば良いなと。C1では出来ないことを試したかったので出来る限り先頭で行くと決めていた。高強度練習にもなったし、逃げの時のデーターも取れたと思ったらサイコンがバグっていた。それにしてもC2で脚が切れたのかな(C1は完走できなかった。C2の感じからだと完走はできたのでは?)ブチョウさんとかダブルヘッダーの選手も何人かいたけどそりゃ抑えますわな。結局C2はチームが勝って良かった。高校生が入り乱れる元気なレースでした。


C1は橋本選手が参加。色々勉強できるからレース中行動を観察していた。終始先頭付近でレースをコントロールしていた。アタックに反応する素早さ、勝負勘。安定した危なげない走り。

逃げが強烈で、自分が追いつかなければならん時に踏ん張れないのは力不足だと感じた。

残り54周?のバックストレートの中盤でアタックして4コーナー抜けたらしんどくなって失速。そのまま1コーナーに入ったところで最後尾に。後ろを見たら車が見えて足切りがよぎって急に焦りが出た。第2コーナーをインから抜けて上がろうとしたら上手くいかず外からゆったりいけば良かったと後悔。残り3周でそこから遅れ始めて約一周を一人旅して残り2周で死亡。って事は脚が無かったて事か。アタックする脚が無いってことじゃん。走り込みの量がそのまま出た感じ。

最初はついて行って完走と考えていたが、それではいかんと思って飛び出したけど大した事も出来ず。レースする意識は出てきたけど、他の選手のキレのある動き、二度三度出る余裕と見るべきものも多く考えさせられる。

他の選手もだけれどレース中にずっと先頭にいるわけではなく橋本選手でも多少下がっていたりする。調子に合わせて攻め時を考えている。疲れにくい力の使い方、空気抵抗の少ない力の出る姿勢、攻めるタイミング、戦局に適した位置取り、空気抵抗を考えた位置取り、円滑なコーナーリング。機材や体力が有ってだけれど、キモは効率よくだと思う。しかし中距離選手は体躯のしっかりした事。


月間の走行距離を増すだけで随分変わる。月1500kmなら乗れるのだろうけど、2000kmとなると結構な事だ。


#雑記

一般的な平日勤務業ではない場合、仕事の予定を土日祝日関係なくぶち込まざるを得ない。これって結構痛い。

かくいう拙者も理想は絵(物作り)に集中して練習や試合活動も同じように存分に取り組む。試合やチームの練習に参加する為には、と考えれば答えは既に出ている。それに、イマイチ絵の世界にどっぷり浸かれていない。何となくで済ましボケている。


冬のジテ通は寒いだけ


十一月以降の朝晩は寒い訳ですが、朝は良いとして夜の寒さは結構身に堪えると感じます。日が落ちた中、1時間以上ずっと冷却されている感じで動かして汗をかいてもそれが直ぐ冷えて体の体力を奪います。また、夜に高強度で走ると朝にダメージが残る場合が多く、回復を待っていると次の練習(負荷を上げた)がまた夜になるってしまう事も多い。

また、シンゴーストップに渋滞を回避しスムーズ走行し、アベレージを上げてサクッと終わらせるのも肝です。

練習の機会や内容は計画次第なので回復力、負荷を鑑みて練習していかないといけません。朝に高強度の練習をするなら夜は控えめにするとか。夜練習して朝も早くからなら、すぐ寝るとか。週のどこに高強度を持ってくるかetc。あれこれブログを偵察したり、話を聞いたり


最近のエクササイズ


6日(日)無し  ジテツウ10km

7日無し  

8日無し

9日ジテツウ80km

10日夜ローラー 1h

11日ローラー  記録忘れ

12日(土)ローラー  記録忘れ

13日(日)平田 C1 C2

14日夜ローラー  47m

15日夜ローラー  30m

16日夜ローラー  1h

17日夜ローラー   36m

18日ジテツウ   80km  



余談ですが、今年から平田クリテに参加するようになった橋本選手。以前はです虎がお世話になっている56さんがプロのイロハを走りで体現されていましたが、最近はお仕事が多いようでおりません。新たに鹿児島から郷に帰ってきたのが橋本選手。彼はまだ2223歳と若い。体格がいい事もありますが、あの歳で堂々とした立ち居振る舞い、それでいて冷静で気さく。そして、アスリートらしい精悍な佇まい(見ていて他の人を元気にさせるものがある。コレが重要だと思う。元々の性格と環境がそうさせたのだと思いますが業界の第一線で戦い、世界を目指す人間力を感じた次第です。


こういった人材の生まれ方、育ち方は興味深く自身の修め方の参考になりそうです。


アーティストなら作品が人を元気にさせますが(最初からの最後まで脚光を浴びるのは作品であり、本来作家が前に出る必要は無い、のかもしれない。名前と作品の印象が合致すればそれでいい。というか作家は寿命もあるし。残るのは作品だし。SNSなどに自分の記念写真っぽい画像を上げたのはイメージ作りとしても入らんかったかな、失敗だったなと最近は思う。作品と作家が一緒に写っていたりしますが、そうで無い方がイメージ作りにはいいのかもしれない。基本は、自分が出たいのを冷静に考えて「作品のみ」を出していくに限るように思います。よほど個性的なキャラなら別だけど。)


同年代の人たちとも違う垢抜けた雰囲気を持っている場合が多いのかなと、勝手ながら思いました。


どの業界もトップの人間は違うのだなあと痛感しました。拜拜囉~





剣道 新人戦から 2002年


ずいぶん前の話。作り話では無い。高校生の頃の試合で覚えているのは数えるほどというか断片的で。その中の一つ。


時は戦国、冷え込みも本格的になり始める11月。

8時過ぎだったか、試合会場では当時2年生の自分を含め4人が試合前の調整をしていた。今日は新人戦。名古屋地区は南北(名南、名北)に分けられており、東邦高校は名北地区の所属である。県大会上位二校は毎年春日井市総合体育館で開催される選抜大会に参加することができる。毎年愛知開催で、毎回愛知だけ二校参加できる。他県からは、不満の声は出ないのだろうか?気になる。その県大会に参加できるのは名北から確か五校だったか四校だったか、忘れた。普通は四校だが、その時は5位決定戦があってそれに勝つとおまけで行けた気がする。当時県大会出場が確実視されていたのは、愛工大名電、愛知、東海、の三強と後名古屋、菊里、栄徳、春日ヶ丘、が続いていたと記憶する。この数年後、明和、名東?、千種?(後ろ2つはうろ覚えだけれど。選手次第でかなり変わってしまうのが実情と言える。名古屋市には強い選手が揃う道場がいくつかあり、小学で鳴らした連中がごそっと入ってくるだけでガラリと雰囲気が変わる。しかも勉強ができるやつが多いようで進学公に多く見られる傾向だ。)が強くなったのだがこの頃は公立校の戦力はさほど目立つものでは無かった。


高校剣道は5人制なので、東邦高校男子チームは既に1人足りない状態となる。かなり不利。しかも、県大会にはきっちり5人揃えないと行けないので勝ち上がったとしても誰か連れてきて登録しなくては行けない。そんな心配は皆無だったが。


先立って行われた個人戦は、二回戦で負けてしまった筆者。完全な力負けで、名電の部長兼大将であった選手だ。運が悪いというのは余りにも消極的な考えだが、後でビデオを見返しても実力差があって勝つことは困難だったんだろうなと思った。それ以上に腰が入っていない自分の剣道が気になったのだけれど。



一回戦で対するのは菊里。


先鋒から次鋒まで卒なく戦える戦力を揃えており苦戦が予想された。1人掛けた場合は通常次鋒を開けることが多い。先鋒を開けたのでは勢いがつかないし、それで次鋒が負けたら王手されてしまう。中堅を開けて前二枚を落としたらその時点で負け気なってしまう。先鋒は勝つか最低でも引き分けが求められた。試合が始まった。


するとどうだろうか、先陣を切って出撃した一年生のK太郎。チーム一のクレバーな剣道が特徴だ。大技を使う選手では無いが、相手の意表をつく細かい技がうまい。一呼吸相手を見て打ち込む冷静さも持ち合わせている。相手も小手技が鋭く技の巧みな選手。上背はK太郎よりある。難敵だ。しかし、K太郎は、タイミングをずらした見事な出がしらに面を取ったのだ。先鋒は一本勝ちかもう一本を追加して勝利したと記憶する。K太郎は名古屋市内の名門道場出身である。やはり勝負勘は素晴らしかった。


次鋒は不戦敗で二本負け。


中堅はA太郎、彼は父も剣道家。剣風は真っ向勝負の腰の座った本格派。そんな剣道を受け継ぎ、非常に真っ直ぐな剣道をする。先鋒のK太郎は変則的な攻めが得意なのだがその真逆と言える。相手はチーム一体躯の立派な選手。小手からの面が強い。当たりの強さは菊里一か。しかし、ここでもA太郎が開始早々真っ直ぐな面で一本を取ってしまった。相手が崩れたところだったか、小手に行こうとしたところだったか。その後一本取ったかは覚えていないが、これで一勝リードした。


東邦の前二人は一年生コンビで小学生から剣道を仕込まれてきた連中である。それに対して後ろ二枚は中学から始めた2年生コンビだ。


副将のT太郎は、素早い動きが苦手である。打ちも遅く相手に見切られることが多かったが、ここぞで見せる小手打ちには光るものがあった。相手は菊里一の長身。180センチはあった。実力は先鋒や中堅よりやや劣るか。T太郎の善戦も虚しく二本負けしてしまった。やはり身のこなしは重要。


これで、勝負は大将戦にもつれたことになる。思い返せば誰がこの様な手に汗握る展開を予想しただろうか?一方的に菊里が試合を進めると思った人がほとんどだっただろう。

大将は筆者であるが前日の個人戦でイマイチな負け方をしたので、ここで勝って良いイメージをゲットしておきたい。相手のM太郎はまだ一年生であるが、落ち着いた取り口でジワジワと攻めてくる。腰も座っていてやすやすとは崩れない。話し方にも臆する事がなく堂々としている。

菊里とは合宿や錬成会でも手を合わせており、世間話をする事もあったのだがこの大事な戦いの場面に置いて情というものはお互い無い。勝負の世界はいつも非情であって当然。


開始早々、小手を取られてしまった。迂闊に間合いに入ってしまい、相手の攻めに思わず手元を上げてしまった所だった。チームの面々はほぼ負けを確信した事だと思う。しかし、この日は何かが違ったのだ。「ゾーン」に入っていたのかもしれない。暫く攻め合いがあった後鍔迫り合いから、胴打ちを放つと見事に決まった。思い切った打ちだった。五分に戻った。これで勝負の行方は分からなくなった。ここまでくると延長戦もあり得る。緊張は両陣営にあたことと思う。ここまで白熱するとは。

畳み掛ける様に攻め込んで面を連打、最後の一打が面布団を捉えた。無我夢中だった。そう、勝ったのだった。スコアは3-2のシーソーゲーム。今大会屈指の好ゲームだったのかもしれない、ということにしておこう。


次は厄介なことに東海だ。チームとしても強いが、特に大将が難敵。ここぞという場面での瞬発力に秀でており勝負強い。名電の様なムキムキロボットな感じでは無く、野性味を感じさせる伸びのある面に小手。胴も上手い。やや変則的な剣道が特徴だった。ここは彼らが一枚上手で先の再現とはならず序盤で勝負が決まってしまった。大将戦は序盤に小手を決められてしまう。悪い癖の様で、間合いに入った時にふと手元が上がってしまうらしい。しかし、今日は冷静だった、立ち上がりに相手を見る余裕があったのだ。二本目の開始後、小手に来るところを返して面を決めた。一本は返したのだがやはり相手が一枚上手。鍔競り、中間からぐんぐん圧力をかけてくる。鍔競りの圧力に屈してしまう。再三引き胴を喰らい、遂に決められてしまった。


この後、敗者復活戦があったのだが、開始時間を間違えていたらしく、相手チームが面をつけて整列せんとしていた。その事に気付いて我々も慌てて整列の準備をした。前二人が面を着けねばならないのだが、急につけるのは心が落ち着かないものだ。慌てさせてしまったのは大失敗であった。

整列すると相手と目を合わせて礼をする。自分と目を合わせた大将が先の試合運びを見ていたのか、恐懼した苦笑いを浮かべた。


準備がバタバタしてしまったことが響いてしまったのか、試合運びが噛み合わず大将戦まで勝負は回ってこなかった。相手は長久手高校。当時の戦力からして菊里よりは一、二枚劣るチームであったが、我々は気持ちが整っていなかった。先の戦いで集中力が途切れたのかもしれない。

既に決まっているから大将戦は勝負には関係は無い。ただ、試合を引き締めるためにも負ける訳には行かない。必ず勝たねばならない。先に一本先取した後、何本か打ち合って相手が抜けた後、剣尖を中心に合わす間も無く振り向く相手に面を打ち込もうと飛び込んでしまった。胴を抜かれた。相手の陣営から歓声が上がったのが聞こえて来る。迂闊だった。何やってんだろうと思った。ただし、今日はいつもより相手が見えていたから直ぐ冷静さを取り戻した。相手の面打ちに対して、小手の連打で二本目を奪取し何とか一矢を報いることが出来た。



五位決定戦は春日ヶ丘と長久手が争い春日ヶ丘が県大会の切符を手に入れていた。



帰りは男子の人数が少ないこともあり、先生の車で最寄りの駅まで送っていただいたように記憶している。会場を出るとすでに日は落ちていて、肌寒かった。後輩から東海の試合は冷静に見てましたねと評価してもらう。他の高校の友達とも試合について話した。今日はよく頑張ったな、なんて言いながら会場を後にした。菊里との試合は、顧問の先生も随分と感動していただけたそうでこの世代の思い出話としては十分な戦いだったと思う。